あの世

この前あの世の夢をみた。夢の中はほんとにいつもめちゃくちゃだな。

人は死んだらどうなるのか。私たちの意識は脳の電気信号でしかない。それがなくなる以上私は私でなくなる。たったそれだけの話だ。

それでも信じたくなるのは、なんでだろうな、あんな夢見ちゃったからかな。そもそもこの世のことがよく分からない。宇宙はどうしてあるのか。本当は私たちなんかより大きな生命体がつくったただの箱庭?実験?おもちゃ?誰かの水槽の中?

死んだら天国地獄だなんて誰でも一度は聞いたことがあるけど地球上には天国と地獄がある。だったらこの世はあの世ではない?天国であるはずの日本にも地獄は存在する。紛れもなく日本は天国だが、今の自分の生活や日々に満足できない=地獄であり、人を傷つけて地獄を作り相対的に天国をつくる、そんな人たちもいる。地獄に落ちないこと。それはとても大切。私は高校生の頃始めたバイト先で色々なことがあったし、卒業してからも、人間関係では泣きを見ることが多かった、とくにひどかったのは契約社員で働いた病院。深く傷つくことが続いた。(母親の死んだときの家族からの疎外感、今では親友である友人とのトラブル、急に態度を変えてくる友人、身近な人たちからも傷つけられたし私も無神経に人を深く傷つけてきた。生きていれば傷は避けられない時もあるのに、意図的に人を傷つけるってすごくね)

人を信じるは人に期待すると同じ。

その人がどういう風に生きたってその人の自由であるし、善も悪もない。そんなひとではないだとか、そんなのはただの妄想、おしつけだよ。人はそれぞれに守りたいものや自分の善悪を持っていたりする。人間はすぐに同情したがるくせに綺麗事が好きだから矛盾するんだ。人に期待するのではなく自分に自信を持って動いたほうがいい。人を傷つけ貶めようとするひとだってこの世にいるんだ。それは誰も変えられない事実だ。その事実を見るか見ないかという話だ。でもそういう人たちは、そうすることでしかもう幸せを感じられない。そう書けばどうせ可哀想だとか思うんだろ。私は思わない。ただのバカだと思う。幸せの感覚がバカになっている。だからそういうひとたちは、これ以上なんてないのだからもう誰かを貶めることで相対的に幸せになるしかないんだよ。呆れるでしょ。私はここ数年まんまとそいつらに地獄に落とされてきた。でも、そいつらじゃないひとたちは、私が地獄に落ちると心配したり気がかりだったりするんだ。そいつらがあっち側だとしたら、こっち側は誰かが地獄に落ちれば悲しい。私だってそうだ。友達が傷ついていれば悲しいし腹が立つ。自分みたいなバカには気づいて欲しい、自分が地獄に落ちることでそういうひとたちにそんな思いをさせているのも問題だって。

地獄は私に幸せになんかなれないのだという刷り込みをくれた。誰かと仲良くなれば距離をおきたくなる。優しいねと言われると騙している気持ちになる。楽しいと早く終わらせたくなる。本当に私が大切にしたかったひとたちに、心配や迷惑をかけてまで、私はそいつらの天国を作るための地獄でいつづけた。一番のバカは私だ。人が人を傷つけるのは当たり前、という書き方をしてきているけれど、「傷つく」というのは本当に、痛く、消えない、言葉では表せない、つらいものだ。自分に自信がないので他人にすべてを委ね期待した代償でもある。あの頃は、人は自分と同じ、みんなは私で私はみんなだと思ってた。

そうではない。私は私でしかない。自分が1番大切にすべきは自分であり、こちら側の人間である。あっち側の人間の幸せの踏み台になることはないしもう傷つかない。

地獄に落ちないこと。これが今年の目標かな。

そして誰にも地獄を見せないこと。