あたりまえ

まかない何がいいかな?という話で、晩ごはん何が良い?と聞かれるの、とても嬉しい。お母さんが死んでから家族とうまく話すことができなくなった。わたしにとっては、晩ごはん何が良い?なんて会話絶対ありえない話で、なんか頭がきゅんとする。私は家族じゃなかったんだ、と思った日から、ずっと、どこかさみしい気持ちがあった。そのどこかをくすぐられるみたいで、ふごく、嬉しいんだ。でも引っ込み思案で、話すことが得意じゃないけど、なんでもいいですなんて言ってしまうけど、本当はとっても嬉しい気持ち。そんなことで?と思うかもしれないけど、そんななんでもないことがとても嬉しい。私は、本当にさみしい人間だなと思うけど、なんでもないことがとても嬉しく感じられるなんて、とても幸せな人間だなと思う。お母さん、私はいまとっても幸せだよ。お母さんは、もう、嬉しいも悲しいも、永遠に感じられない。私もいつか、そうなるんだけど。私は、今幸せなことがとってもありがたく感じるよ。私に話しかけてくれるみんなに、とても感謝しているよ。私は、とても幸せだよ。母さん。私はね、母さんのおかげで幸せを感じられるんだよ。だから、本当に、ありがとう。大好きだよ。お母さんが、大好きだよ。この先どんなことがあっても、お母さんの子どもだから、私は幸せなんだよ。大好きだよ。

引っ込み思案

いつから私は人に話しかけるのがこんなに難しくなったんだろう。前は、馴れ馴れしいくらいだったのにな。最初は本当に小さな変化だったけどお母さんのことがあってからあまり人と深い話をしなくなった。その次の変化は、高校生の頃バイト先の店長の影響ですいませんが口癖になった。これは自分では気付けなかった。アルバイト先のひとで、洞察力がすごいと話題になったひとがいてそのひとにわたしのことも見てと言った時に言われた。店長がかわってからはいってきたひとなのでその店長のことは知らないのに、前の店長の影響ですいませんと言うようになりましたか?自分のミスでなくても時々誰も謝らなくていいところでも謝りますよね。と言われた。前の店長に、怒られたり無視されたりされ続けた時期があった。最初は反抗していたけど、謝るとすぐに機嫌が良くなることに気付いてすぐに謝るようになってしまった。

バイト先の友達がある日突然知らない人をつれてきて、あんたのことが嫌いだからずっとこうしてきたのに、どうして何も気づかないのか、と怒ってきたことがあった。あれもこれも全部嫌がらせだったと言われた。友達だと思っていたのに。その日も私の友達を紹介すると言われたのに、会った瞬間怒られてそこから2人に怒鳴られたり脅されたりした、でも全然怖くなかった、友達だと思っていたのにという気持ちしかなかった。あんたには人の気持ちが分からない、全部あんたのせいだと言われた。そうなのかもしれない、私は無神経だからひとにされて嫌なことが少ない、代わりにひとに嫌なことを平気でしてしまう。割愛するけど同じ時期に自分はひとつも悪くないのにという気持ちのまま謝るということを経験した。一度それをしてしまうとできるようになってしまう、私はどんどん堕ちていく。そのあとも理不尽な理由でアルバイトや仕事を辞めることになったことが二回続いた。そんなことで生きていく手段を奪われるのかと思った。私は、私にできることをただただしているだけ、人を傷つけようとしたことなんてない。少し変わっているのはわかっているけど私もみんなと同じ人間なのに、誰かを傷つけようと思ったことなんて 一度もないのに。

変わっていると言われるの嬉しいでしょと誇らしげに言ってきたクソジジイ客に思った。ふざけんな。人は人それぞれに悩んでいるし今私はそうですねと笑ったけどみんなみんな笑ってるけど本当はそんなこと思ってない。もしかしたらみんな本当は笑ってないかもよ?でもあなたの見える世界はそうなんでしょ、バカ乙。人は12通りなんかじゃ分類できない。

電話

この前昔仲よかったひとから電話がかかってきてなんだかやさぐれていた。電話中自転車にのっていてこけたらしく、手を怪我してしまったらしい。ちゃんと消毒するんだよという話から、友達が心配するでしょ、という話になった。おれのこと心配してくれるやつなんていないし友達なんて◯◯と××くらいだ。と言ってきたので、「△△と私の名前(昔は三人でよく遊んでいた)がでてこなかったのさみしいな」と言ったら、「お前らは会わんが。」と言われてじわじわきた。おもろい。待って、幽霊じゃないんだからと思った。そしてちょっとカワイイ。

今笑っちゃだめだ、なんだかしょんぼりしているしと思って、まあそうだけどさって言ったけど相当じわじわきた。

そう、多分もう会うことはないだろうな。この人むっちゃおもしろくてすきなんだよな、△△もおもろい。昔3人でカレー作った時このひとは人参を3つに折って鍋に入れたんだよ。すごいよね。待ってみたいなこと言ったら「3人だろうが。」と言われた。たしかに   と思ったし、何も反論できなかった。ごはんのあと△△が味に文句をつけ残りのカレーに調味料をどんどんたしていってカレー味のプルプルができた。他にたべるものがなかったのとその時のノリで次の日もそれ食べたけどすげープルプルしてて、口に入れるとだいたい、あっま→なにこれ→なんかむちゃくちゃ辛え→なにこれ となる味

私の手

私は、私の手におさまるものしか今は欲しくない。自分に必要なことが、自分が大事にできる分だけあればいい。友達も、ほしいんだけど、欲しくない。なんか、何も聞きたくない。私は、友達を傷つけてしまうことが多いんだけど、それがなんでなのかもまだ分からない。だから今は、友達とかいいかも。私には大事にできないし。やっぱり根底には、私も大事にされたいと思ってない、というのがあると思う。私は友達に大事にされたいとあまり思ってない。楽しければそれでいいし、大事な話もするけど、私にできるのは話をきくことだけだし、それに最近、深入りしてバカを見ることが多くてうんざりしている。結局自分を大事にできないことには友達なんか大事にできない。自分を大事にする方法が分からない。中学時代や専門の頃、どんなに傷ついても友達のこと大好きで友達のことばっかり考えてた時の自分は、自分のこともちゃんと大事にしてたなあ、、、と思う。どうやってたんだっけ、あの頃の自分に聞きたい。

白昼夢

目を瞑ると岡山の風景がみえる。
遊びに行きたいけど行けない。岡山のことを思い出すと悲しい気持ちになる。夢を見ていた。昼間の岡山の空を見ていた。いつだってさみしかった。お母さんに会いたかった。
もしもできるならいらない記憶なんて 全部消えてしまえばいいのに、そのぶん自分の覚えられることの容量が増えれば、最高なのに。私の育った街ってどこだっけ、私はどこで何をしてきたっけ、大事なこともつらいことも全部消え去ってほしい。
私はいろんなことを知って臆病になった。知らない という選択をするのが正しいときもあると、思う。でも全部消えてしまったら、私はまたすべてを知りたがるようになるんだろう。私はいったい何が欲しいんだろうか、失敗から学んだ大事なことすら手放したいと思ってしまう。からっぽになりたいという願望が消えない。恐怖が消えない、いつも怖い、怖くて、怖くて、さみしくて。最初から何も知らなきゃよかった。孤独に早く慣れたいと思う。

私は杭じゃなくてお花

‪適当に生きてもいいかなと思ったし自分はけっこう普通だ、と思ってきたけど社会は意外と普通じゃない。出る杭だろうとなんだろうと打たれる、年や状況が違うから、若いから、自分が自分に満足してないから、もしかしたら 事実はもっと、しょうもないかもしれない。それが人間。そんな理由で平気で人を傷つける。どんなに懸命にやったって報われない時もある、それは行き止まりみたいだった。行き止まりを笑って引き返す強さを持ってほしい。めげずに道を探していてほしい。自分自身にそう思う。笑うということは、困った時には重要だ。私は、笑うと、一歩引いて自分が見える、冷静になれる。もう限界だ、と思ったらとりあえず笑ったり口角をあげたりするようになった。間違えてもいいし逃げてもいいからがんばって生きよう、

私は病院で働いてから、日本の自殺者が多いことがめちゃくちゃ悲しく感じるようになった。こんなやつらにこんな社会に殺されるなんて。こんなにもたくさん死んでいく。社会は変わらない。自分の仲間が死んでいくような気持ちになった。だから私は、勉強する

葛藤


わたしはあなたをどうしても傷つける、それだけは事実で今も変わらない。傷つけない方法がひとつだけあって、それは、あなたに関わらないことだ。


どのつらさげて連絡してきてんだ、って言いたいけれど、言えないのは私は、悪かったと思っているから。私はあなたを傷つけて、あなたは私を殴った。同じようなことをしたあなたとわたしだけど、あなたは悪かったとは思っていない。それがあなたと私の違い。その違いがあるからあなたは連絡してこれた。違いであって、正しいとか悪いとか、どちらのほうが良いというわけではない。むしろ正しさでいうならあなたが正しい。悪かった、そんな言葉がでてくるなら最初からすべきではなかった。私は、間違えた、魔がさしたではすまないほど、そんな言葉がでてくるはずがないくらい、執拗にあなたを傷つけた。あなただってそうだ。悪いことだと分かっていたならそこまでしなかったらよかった。それでもしたのだから、今更悪かったなんて、おかしいんだ。そんな言葉、でてくるはずがない。だけど私は今まであなたにそう思わなかった日なんてなかった。どんなに綺麗な景色を見ても、あなたにも見せたかった、あんなに傷つけてごめんなさいと思ってきた。もしあなたが聞けば大げさだと思うかもしれないけれど、本当に、あなたにごめんなさいと思わなかった日なんてない。ごめんなさいというのは許しを乞う言葉みたいで、すきじゃなくて、でも、あなたに対してそう思ってしまう。もう二度と会うこともないあなたに許してほしいと思うから、ごめんなさいなんて、悪かったなんて、気持ち悪い言葉がでてくるのかと思うと自分が本当に嫌になった。いつからかあなたにありがとうと思うようになった。そしてあなたから連絡がきた。正直よく連絡してこれたなと思う。あんなに傷つけておいて、また会おうだなんて まだ私のことを恨んでいるのかと本気でその時は思ったし、だからこそ会ったほうがいいんじゃないかとも思った。そして少しだけ期待していた。2日間だけでもいい、あなたとこの場所をまた歩けるなら、あなたとまたなんでもない話ができるのなら、賭けてもいいかなと思った。最初の電話でこないことなんとなく分かっていた。でも、この( でも )ということばで過ごした1週間だった。でもくるかもしれない、でもまた殴られるかもしれない、でも、でも、、、来ないでって言わなきゃいけないとずっと思っていた。

私があなたに出会った時にいだいていた気持ちは、あなたと付き合っていくうちになくなっていった。でもまだ少しだけ、ほんの少しだけ残っていたから、あの時、やっぱり来ないほうが良いと思う、と言えた。会いたいけど困っているあなたは見たくない、会いたいから絶対連絡してって言いたいけど言えないのは好きだからだと、送ることができた。


来てって言いたかった。来るなって言いたかった。どっちも言えなかった。あんな気持ち悪い言葉しか伝えられなかった。私の中に今ある欲も憎も、ほんの少しの残心に敵わなかった。ほんの少しなのに、強い、恋は。強いのに、どうしてこの強さに気付かなかった。欲や愛や憎悪に負けた、本当の強さなんて、最初から自分の中にあったのに。わたしはいつもそうだ、自分のことを知らない、真実を見ることをしない。自分がどれだけ愛されていたかも、自分の強さも、しらなかったし、見ようともしなかった。自分で自分に勝手に見切りをつけていたんだ、本当はちがうのに。負けるべくして負けたんだ。

でも、最後は勝った。そう思いたい。自分と彼、2人という見方をすれば私は負けている、でも、今の君も今の私も、今はちゃんと見えている。

わたしはもうあなたを傷つけない。